俄歩
「山に登ること」 は、与えられた条件の中で新しい経験を積むことに 他ならない。 だから、  自然と向き合える体力  自然を味わえる感性  自然に応えられる知力 を大切にしたい。
プロフィール

俄歩人 (がふと)

Author:俄歩人 (がふと)
 学生時代に歩いた山、
歩きそびれた山々、
かって妻と歩いた山をひとり
静かにたのしんでいます。
年に一度、写真集「岳と花」を
記載。
(さいたま市 浦和 在住)



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栂池・天狗原
 昨秋の西穂独標そして今春の安達太良山と 昔日を振り返る山旅が続くと、
歩くごとに何となく安堵感がつきまとうようになってしまった。

 はや三十年以上も経たが 初めて妻を北アルプスへ伴ったのが
当時も人気の白馬岳であった。
栂池高原の自然園の畔に建つ栂池ヒュッテまで車で登り、
翌日、白馬乗鞍岳と小蓮華山を越えて白馬岳へと歩いた道を 再び辿って
みようと思い立った。                    (写真はクリックして拡大して下さい)

P1040863.jpg P1040866.jpg P1040867.jpg P1040869.jpg
          小蓮華山(左)と白馬乗鞍岳(右)         雲の展示会       

「山行クロニクル No.90」 栂池 天狗原       単独
’13.7.7(日) 浦和=中央道豊科IC=栂池高原ーゴンドラリフト・ロープウエイ
           ~自然園 栂池ヒュッテ(泊)
    7.8(月) 自然園~天狗原往復ーゴンドラリフト・ロープウエイ=糸魚川
           =上信越道・関越道所沢IC=浦和

 いまでは自然園へはマイカー乗り入れ禁止となり、土砂降りの雨中をゴンドラ~ロープウエイと
乗り継ぎ、新装の栂池ヒュッテへ。
昭和50年代後半に妻と宿泊した当時の栂池ヒュッテは 往時のままの姿で保存されていた。
同宿のよしみで翌日、共に歩いた奈良の名刹の住職の方との会話のあれこれが脳裏に浮かぶ。
はや 彼岸に旅立たれて十数年になるが、ネパールの山岳寺院をめぐり 日本の登山隊の
ヒマラヤ遠征のBC設営支援にも携わった氏の話は まだ若かった私たちには
飽きることがなかった。

P1040873.jpg 往時の栂池ヒュッテ(記念館として保存されていた)

 日本海にほど近いこの地は越中(富山)側の天候に左右される。
「今日の太平洋側は梅雨明けの猛暑日よ」という電話口の妻の話が嘘のように黒雲が
小蓮華山の頂を西風に乗って流れ下ってくる。
時折、雲の窓から射す陽光が モザイク模様のように樹林を明るくする。
 この天候では 白馬乗鞍岳を越えただけで白馬大池泊りでもいいかな・・・と考え
天狗原への登路を歩く。

P1040877.jpg P1040878.jpg P1040880.jpg 今年は雪解けが遅い

P1040901.jpg P1040904.jpg
リュウキンカ        ベニバナイチゴ                               

 白馬岳頂上からは(1)白馬三山方面か (2)雪渓を降って猿倉へ
或いは いつか歩きたいと思っていた(3)清水岳・不帰を越えて富山側・祖母谷温泉へ降るか
想いはいろいろめぐるのに 前爪のついたアイゼンまで詰めた荷が重い。
三十年前は妻の分まで背負ったのに・・・と、時の流れの非情さが身にしみる。

P1040899.jpg 天狗原(2180m)


 ひと区切りの天狗原で休止。
目まぐるしく変化する気象のもと いくら休んでも雪田を登ってその先へという気分に
なれず、あらためて出直そう・・・という低きに流れた。

P1040890.jpg P1040881.jpg 大雪田の急登


天狗原 点描
P1040884.jpg P1040887.jpg P1040888.jpg

P1040894.jpg P1040895.jpg

 かって妻と歩いたこのルートの現在のみやげ話ができなかったお詫びに
帰途は日本海まで北上し、沢山の土産物を買うことになってしまった。

P1040906.jpg マタタビの葉が白く光る

 この歳になると 或るものを求めて違うものを見つけたりすることも多いが、
単なる衝動とか感慨だけではないものが背を押す力になるのかも・・・。
                                (写真はクリックして拡大してください)